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「それっぽい」を本気で作ること
写真は、撮った瞬間に過去になる。「今」を残すはずの行為が、同時にそれを過去へと固定してしまうという矛盾を、写真そのものを使って問い直そうとしたキッカワレイさんの作品”trimming”。本記事では、写真と時間の関係を考え続けた、キッカワさんの制作と思考をたどります。

───キッカワさんの卒業制作はどんなきっかけで生まれたのでしょうか?
私は帰省するたびに、祖父母の写真を撮っています。
そのたびに、彼らの「今」を無理やり「過去」に固定してしまっているような感覚がありました。
もし写真を撮らなければ、輪郭のはっきりしない、流動的な「今」がこのままずっと続いていくのではないか。そんなふうに思っていたんです。
だからこそ、写真によって「過去」にされてしまった時間に、もう一度呼吸を与えたいと考え、この制作を始めました。
モチーフとして蝶を選んだのは、過去の断片を、何か生命のある存在として扱えないだろうかと考えたからです。
撮影した写真を蝶の形にトリミングし、羽を折って立たせてみると、それまでただの写真だったものに、急に息が吹き込まれたように見えてきました。風に揺れると、ゆっくりと羽を動かし、呼吸しているようにも感じられます。

その蝶を今度は日常の中に置き、もう一度撮影してみる。すると、自分の手で切り取ってしまった過去の断片が、蝶というメタファーを借りて、再び生きはじめたように感じられました。では、蝶に印刷された元の写真に、さらに別の見え方を与えることはできないだろうか。
ただ置かれているだけではなく、もっと能動的に存在しているように、もっと魅力的に写すことはできないのか。
そうした問いを抱えながら、ひたすらシャッターチャンスを探し続けていました。

───蝶をメタファーにする発想にはきっかけがあったのでしょうか?
A4のコピー用紙が風に揺れて、生きているように見えた瞬間があった時です。

過去になってしまった写真も、印刷し、風を当てることで、物理的に息を吹き返し、呼吸しているように見せられるのではないか。そう考えたことがきっかけです。
また私は、デザインや写真を編集する際に行っている「理性的なトリミング」という行為そのものを題材に、何か制作ができないかとずっと考えていました。
写真とデザインをつなぐ手段としてのトリミングと、 「今を残すために写真を撮るが、撮った瞬間にそれが過去になってしまう」という私が昔から抱えていたジレンマに焦点を当てたことで、この制作は進んでいきました。
───作品の見どころはなんですか?
アナログで制作した蝶が、生き生きと伝わるような写真になっている点が、この作品の見どころです。
一度、別の場所で展示を行った際には、「本物の蝶だと思った」と言ってくださる方がいたり、紙で作られた蝶だと分かっていながらも、「写真を合成・加工しているように見えた」という感想をいただくことも多くありました。

しかし、作品はすべてアナログで制作しています。
紙で作った蝶を何度も何度も飛ばしながら、
・浮いているように見えるか
・生きているように見えるか
・生き生きしているか
・綺麗か
・画面としてかっこいいか
これらの条件がすべて揃うまで、ひたすら撮り直しを重ねました。かなり体力勝負で、正直かなり脳筋な制作方法だったと思います。
それでも、そうした苦労を感じさせない軽やかさが、写真から伝わっていたら嬉しいです。
───鑑賞者にどんなことを感じてもらいたいですか?
撮影を始めた当初は、とにかく綺麗でかっこいい、ビジュアルの強い作品を作りたいと考えていました。
一方で、デザイン学科でビジュアル重視の作品をつくることの意味や、そもそもデザイン学科で写真という表現を選ぶことの意味についても悩んでいました。
自分の中では「写真を撮っている」というよりも、あくまで一つの表現手段としてカメラを使っている感覚だったのに、見る側からはどうしても“写真作品”として受け取られてしまうことに、ズレのようなものを感じていました。

また、感情を前面に出したいわゆる「エモい」表現に対して、どこか気恥ずかしさや、思春期をこじらせているような感覚があり、正直なところ少し距離を置いていました。
それでも制作を続けるうちに、個人的で感情のこもった作品には、ただ綺麗で整っているだけの作品にはない「奥行き」があるのかもしれない、と思うようになりました。
見る人が自分自身の記憶や感情と重ね合わせやすく、そこから自然と共感が生まれるのだと感じたからです。


この作品を通して、鑑賞者にその人なりの記憶や体験と結びつき、少しずつ“その人のもの”になっていく。そんな体験をしてもらえたら嬉しいです。
世の中に数えきれないほどの曲がある中で、ある一曲がふとしたきっかけで誰かの記憶と結びつき、その人だけの特別な曲になることがあります。
同じ曲を聴いていても、結びつく記憶や感情は人それぞれで、その人にとってはその曲は違う姿で存在しているのだと思います。
この作品もまた、形はなくても、見る人それぞれの感情や思い出とともに心の中に残り、時間をかけてじわじわと“その人の中の記憶”と繋がっていく感覚になって欲しいです。
次に、キッカワさん自身についてお伺いさせてください。
───制作を始めるきっかけはなんですか?
中学を卒業してから高校に入学するまでの春休み、時間を持て余していたときに、散歩がてら写真を撮りに行ってみようと思い立ったことがきっかけです。
スマホを片手に、道中で「いいな」と感じた場面を撮り、編集アプリで加工してみました。
そのとき、自分の中にあった理想の色味や、理想とする世界の見え方を、自分の手で形にできたことに驚きました。
「あ、なんか、それっぽいものができた」と感じたあの感覚が、私にとって写真の原点だったと思います。
振り返ると、私のクリエイティブの原点は、ずっと「それっぽい」を作ることにありました。
小学生の頃には、クリアファイルにマッキーで文字を書き、カメラ越しに動かしてテロップが流れているように見せたり、妹のテストを勝手に“それっぽく”作ってみたりしていました。
さらに、脱毛広告風の動画を一人何役も演じて撮ってみたり、YouTuberっぽい動画や企業説明会風、YouTube広告風の動画を一人で作ったりと、とにかく「それっぽく見せる」ことが楽しくて仕方なかったんです。
高校二年生のとき、コロナの影響でイベントがなくなった際には、クラスのみんなで写真を撮る企画を立ち上げました。
また、大学の入学式では、一人で来ていて写真を頼みづらそうにしている人に声をかけ、立て看板の前でスマホや自分のカメラを使って写真を撮り、後日SNS経由で渡せるようにQRコードを配っていました。

それらの行動は、自分を知ってもらうためでもありましたが、それ以上に、誰かに喜んでもらえることが純粋に嬉しかったのだと思います。
美大に進学してからは、よりかっこいい“それっぽいもの”を作りたいと思うようになりました。
ただ、その根底には、ずっと誰かを笑わせたい、喜ばせたいという気持ちがありました。
「それっぽい」を本気で作ること。
その中に、自分なりの世界観や、人へのまなざしを込めること。
それが、今につながる私の原点だと思っています。

───キッカワさんの制作の原動力になるものはなんですか?
責任感や違和感、焦りといった負の感情が、制作の原動力になっていると感じています。
大学2年生のときに制作した本を大学の芸術祭で展示し、その作品をきっかけに美大を志してくれた人がいると知りました。すごく嬉しかった反面、実感はなかなか湧かず、ただ言葉にできない責任感のようなものを勝手に抱き、背筋が伸びるような感覚だけが残りました。
また、カメラマンとして活動する中で、「学生であること」に無意識に保険をかけている自分に嫌気がさすことがあります。
タイポグラフィ年鑑に入選し、デザインの依頼が増えていく中で、受動的に仕事をこなしているうちに、デザイナーやカメラマンといった肩書きがついた依頼が増えていきました。一方で、気持ちが環境や立場に追いついていないと感じることも少なくありません。
そうした責任感や違和感、焦りが重なり合う状態が、私にとっての制作の原動力になってるのだと思います。

───制作している時に気をつけていることはありますか?
写真をやる時は写真を参考にしないように、デザインをやる時はデザインを参考にしないようにしています。
───制作している時の自分らしさや意識していることはありますか?
写真だと、物語性を感じられるような構図が私らしさだと思います。勝手に自分の中で物語性を作り出したりするのが好きなので意識してます。
───デザインではどうでしょうか。
デザインにおいて、自分の「個性」が何かと聞かれると、正直まだよく分かっていません。
デザインも写真も、自分を前に出すというより、まず「伝えたい魅力」が先にあって、その魅力をどう届けるかの手段として、写真やデザインがあると感じています。
「ここを見てほしい」「ここがかっこいい」と感じるポイントを見つけ出し、それを引き出す視点は、写真とデザインのどちらにも共通しているものだと思います。
───壁にぶつかった時はどうしていますか?
壁にぶつかったときは、友達や、一緒に仕事をしたことのある同世代の人たちの存在にすごく助けられています。
卒制期間中、頑張ってる友達が雑誌のインタビュー載ってるのを買ったりしてモチベーションにしてました。実際に連絡を取って近況を聞くこともありますし、ただ相手の姿を思い浮かべるだけでも、「自分ももう少し頑張ろう」と思える瞬間があります。
周りの人たちの姿勢や、積み重ねてきたものを思うことで、前に進む力をもらっている感覚です。
───今回の卒業制作でも壁にぶつかることがあったと思いますが、どうでしたか?
今回の制作を通して、壁にぶつかったときの自分なりの対処法が初めてはっきり分かりました。
「とにかく歩数を稼ぐこと」です。
普段から悩むことは多いのですが、パソコンの前で考え続けていても、モヤモヤが解消されることはほとんどありません。そんなときは外に出て歩いたり、大学に行ったり、悩んでいる内容に近い専門の先生を探して、直接相談しに行くようにしています。
今回の卒業制作では、什器の扱いが完全に自分の領域外で悩みました。
そのときは工芸工業デザイン学科の先生のもとに毎週通い、相談を重ねました。とにかく動いて、人に会って、話して、現場に身を置く。その積み重ねが、自分にとって一番確かな解決策だったと思います。悩んだときに立ち止まるのではなく、まず動くこと。

歩数を稼ぐこと。そうしていれば、あとから振り返ったときに、それが伏線回収のように、必ず何かにつながっている。今回の制作を通して、そんな感覚を強く持つようになりました。
「動くこと」が、今の自分にとっての一番の答えだと思っています。
───休日はどんな風に過ごしていますか?
休日は、とりあえず家を出るようにしています。行き先は、出てから決めることも結構多いです。
図書館に行ったり、写真展や展示を見に行ったり、撮影の仕事をしていることもあります。撮影は仕事ではあるのですが、楽しいので感覚的には休日みたいなものですね(笑)。
あとは、祖母の家に行ってゆっくりすることも多いです。家からすごく近いので、自転車でふらっと行けるのがちょうどよくて、いい気分転換になっています。
本屋さんに行くのも好きですし、洋服が本当に好きなので、高円寺の古着屋によく行きます。行くたびに、つい服を買ってしまいます。トレファクスタイルにもよく行きます。休日は、気づくと休日は服屋さんにいます。
外に出ない日は、家にある服を使って、まだやったことのないコーディネートを考えることもあります。これがすごく楽しくて、気づくと何時間も経っていることがあります。
新しい組み合わせを見つけると、新しい服を買ったみたいな気持ちになるのが好きです。
───日々の日常生活が制作に影響することはありますか?
個人的な体験は、間違いなく作品づくりに影響していると思います。日常生活の中には、インスピレーションのきっかけが本当にたくさんあります。
たとえば、買い物をしているときに、みかんが入っているネットの形が綺麗だと感じたり、ビニール袋に入ったものにできるシワの入り方が、すごくかっこよく見えたりすることがあります。
デザインの作品からデザインを考えることもできますが、すでに世の中にある「完成されたかっこよさ」を超えるのは難しいと感じることがあります。
それよりも、日常の中にある身近なものを、自分なりの視点で見つめ直し、そこから感じ取ったことを咀嚼して形にしていくほうが、新しいものを作れる気がしています。だからこそ、いろいろな体験をして、それを自分の中でしっかり噛み砕き、自分なりのアウトプットとして表現していくことを大切にしています。
日常そのものが、制作のための素材になっている感覚です。
───最後にこの制作を通して気づいたことを教えてください。
今回の制作を進める中で気づいたのは、自分が想像以上に心配性だということでした。
夏休みの期間も含めて、ほぼ毎週学校に通いながら試作を重ねていて、什器もかなり早い段階から動かし始めていました。
振り返ってみると、テストや試作の回数は、自分でも思っていた以上に多かったと思います。おそらく心配性な性格だからこそ、念のために動いてしまう部分が大きいのだと思います。だからこそ、試作を重ねることでしか見えてこない気づきが本当にたくさんありました。頭の中で考えているだけでは分からなかったことや、実際に手を動かして初めて理解できることが多くて、結果的にその積み重ねが作品の精度につながっていった感覚があります。
今回の制作を通して、自分は考え続けるよりもまず動いてみることが大事なタイプだ、と気づきました。

