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山口えり花 個展「狂喜的ラブリー」。人生の刹那的な愛情、恐怖、幸せを描く、映像監督の生身の視点

CMやMVを中心に活動し、可愛くカラフルな世界観とシュールなユーモアを得意とする映像監督・山口えり花さん。今年のCANON GRAPHGATE第2回グランプリ受賞作品と、自身の人生観を詰め込んだ個展「狂喜的ラブリー」について、創作の原点から込めた思いまでを伺いました。

監督を志したきっかけは「行き当たりばったり」

───まず映像監督というキャリアを歩むことになったきっかけを教えてください。

映像監督を志すようになったのは、結構行き当たりばったりなんです。

ただ、中高生や大学生の頃から舞台やダンスなどの企画・演出・振付をすることが好きだったので、そのあたりが大元のきっかけだと思います。

───美術系ではなかったんですよね?

そうなんです、政治学科にいました(笑)。政治の勉強は何も活きてないですね(笑)。学校とは別でミュージカルや舞台活動をしていて、その際に歌やダンス、お芝居を学んだことは活きていると思いますが、映像監督になった経緯は、本当に行き当たりばったりで、「面接に受かったから」くらいの出来事です笑。そこから学んだため、技術は基本的に独学で、会社の同僚などに教えてもらいました。

───創作活動を「仕事」にしていこう、と決心した瞬間はあったのでしょうか。

明確な決心の瞬間があったわけではないのですが…。

私は特段美人なわけでも、運動神経が良いわけでも、賢いわけでもない中で、舞台やダンス作品の企画や演出をしているときだけは、何か特別なものがあるような気が、10代の頃からずっとしていました。

だから、芸術と無縁の道を歩む選択肢は自分の中ではその頃から無かったんじゃないかと思います。


「狂喜的ラブリー」は今の自分そのもの

───今回の個展「狂喜的ラブリー」の着想はいつ、どのように生まれたのですか。

今ちょうど20代から30代の転換期を生きている中で日々抱いている、自分の人生観そのものから着想されています。
GRAPHGATEの最終選考が展示構想に関するプレゼンだったため、初めて構想したのはちょうど1年前(2024年10月頃)でした。

その後の約半年間で、人生観や価値観が大きく変化し、それに伴って作品の内容もかなり変わりました。
実制作は、5月末に1作目を撮影し、最後の作品を10月初旬に撮影する予定です。
夏場は多忙で一時中断したため、当初の想定より制作期間が長くなりました。

───具体的に、どのような人生観を描いているのでしょうか。

「人生は必ず悪くなっていく。けれど、必ず良くもなっていく」と聞いたことがあります。生きれば生きるほど取り返しがつかないことが増え、傷も増え、知りたくなかった現実を知っていく。でも同時に、できることも愛おしいものも増えていく。そんな中で痛感している、刹那的な愛情や恐怖、幸せの追求などに関して描いています。

───その人生観が「狂喜的ラブリー」というタイトルに繋がるのですね。ちなみに、この展示の中で自分っぽさが出たところはありますか。

自分自身が出たどころか、本当に今の私そのものだと思っています。今現在の私の感情や思考がそのまま詰め込まれています。

───個展のコンセプトや新作3点について、少し詳しく教えてください。

ちょうど20代から30代の狭間を生きている私の生身の人生観を描いた新規作品3作品を展示します。

キービジュアルは人間の生死そのものを表す「血」をモチーフに、悲しみや恐怖、不安などあらゆるものの根源には愛情が潜んでいることを表現しています。

Couldn’t be happier
失敗や後悔を重ねながら、何度も幸せの定義を書き換えて、自分なりの精一杯の幸せを追求していく様子をギリシャ神話の登場人物にのせて描いた写真作品です。痛々しいけど繊細で美しい傷に潜む喜びが見どころです。

Ladidadidance
人生は皮肉屋で、時は冷酷。

そんな現実の中で頭と心と言動をぶつけ合いながら、踊り生きる。そんな様子をレトロ・ロマンチックなダンス作品で描きました。

5台のビジョンを連動させた展示ならではの映像表現を用いています。今回作詞作曲も担当しており、音楽もレトロ・サーカス調ながら少しヒップホップのエッセンスを加え、斬新なものに仕上がっているかと思います。

死んだ私に花束を
死者と会えなくなるのは悲しいことだけど、死ぬこと自体は悲しいことではない。私自身の喪失を通して感じた新しい死の捉え方をピンクの葬儀場で表現しました。

その他、過去の監督作品から、ラブリーでポップな6作品を展示予定です。


鑑賞者にとっての「共感の薬」に

───作品を作る時、山口さんの中でどんな感情が一番強く働きますか。

私の考えを他の人に知ってほしい、そして願わくは、それに共感したり背中を押されたり、何かのきっかけになってほしいと思っています。あと単純に、かわいいルックにときめいてほしい!という気持ちで作っています。

───逆に、鑑賞者にどんな感情を抱いてほしいですか。

どんな感情にでもなってほしいです。でも共感してくれる人が少しでもいたら、やっぱり嬉しいですね。共感って一種の薬のようなもので、共感できたという経験だけで傷が癒やされることもあると思います。なので、誰かにとって「共感の薬」になれるような作品を作れたら一番理想的です。

───今回の制作において、普段のクライアントワークとの違いはありましたか。

クライアントワークは、自分自身が思う作品の善し悪しに対する正義が50%、他者の正義やその時々の事情を敬う正義が50%、くらいのバランスが大事だと思っています。

逆に自主制作は、作品の善し悪しに対する正義100%でやってます。

───SNS時代に合わせ作品作りで工夫していることなどはありますか。

広告案件のときは時代に合った表現やSNS受けなどを意識しますが、今回の作品に関してはあえてそういうことは一切考えませんでした。正直、展示後に展示外のどこかに掲載できるのか心配になるくらい、忖度なく作っています。

───なるほど、すごくストイックに自分の考えを貫かれてるのですね、展示が楽しみです。

───それでは今回の展示の「見どころ」を教えてください。

いろいろありますが、私だけで作っていないことも大きな見どころです。私が構想した世界観やメッセージを一緒に再現してくれた素敵なメンバーあっての作品です。撮影や照明はもちろん、造形物や衣装、ヘアメイク、セット、演技、音楽など、あらゆる観点で魅力が詰まっているので、ぜひ着眼点を変えながら何回も見ていただきたいです!


影響と日常、そして今後

───最後に山口さんについてお伺いさせてください。影響を受けた作家や好きなものはありますか?

映像作家ではないですが、ドラァグクイーンが大好きで、影響を受けていると思います。大胆でコミカルでおしゃれなファッションやダークなユーモア、派手なパフォーマンスなどからたくさんの刺激を受けています。

ほかにも好きなこととして音楽、ダンス、ファッションなどが凄く好きなのですが、有り難いことにどれも仕事で活かせるようになってきたので、仕事が趣味みたいな状況にはなっています。仕事と無関係のところでいうと、動物のおしりと、とっとこハム太郎が好きです(笑)。無駄に昼過ぎまで寝るのも好きです(笑)。

───休日やプライベートのバランスなど、気をつけていることはありますか。

とれていないです(笑)。働き過ぎです(笑)。最近いわゆる終日の休みは全然なくて、近場で人と飲みにいくくらいが精一杯です。でも、つくることと一切関係ない、しょうもない話で笑う経験はすごく大切だと思っています。

───最後に、山口さんはどんなクリエイターでありたいですか。

どんな状況でも常に楽しみながら、作品や一緒に制作しているメンバーに無限の愛情を注げるクリエイターでありたいです。

今回はありがとうございました。展示楽しみにしております!


山口えり花 作品展「狂喜的ラブリー」

開催期間:2025年11月14日(金)~2025年12月16日(火)

開館時間:10時~17時30分

休 館 日:日曜日・祝日

会 場:キヤノン S タワー1階 キヤノンギャラリー S (住所:東京都港区港南2-16-6)

アクセス:JR品川駅港南口より徒歩約8分、京浜急行品川駅より徒歩約10分

入 場 料:無料


インタビュー対象者

山口えり花

山口えり花

映像監督

CMやMVを中心に活動。 CANON GRAPHGATE第2回グランプリ受賞。他にもYoung Cannes Lions日本選シルバー、JAC AWARDメダリスト、BOVAなど受賞多数。 オーストラリア出身。電通クリエーティブキューブを経てVillageに所属。可愛くカラフルな世界観や、シュールなユーモアを得意とする。 振付師としても活動。

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記事執筆者

oshino

oshino

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