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日常に埋もれる、まだ見ぬかたち

普段は意識することがない日常生活をひたすら観察して、見つけた物や行為を、手作業で試行錯誤することでまだ見ぬ姿をかたちにした作品、オストラネーニエ。さりげない生活から着想して新鮮なかたちを模索する内野紗葉さんの気づきの種や視点を探ります。

内野さんの作品「オストラネーニエ」は、日常生活にあるものの本来持っている機能の一切を捨てて、切ったり塗ったりすることで新鮮なかたちを作り出す作品です。

オストラネーニエとは、ロシアフォルマリズムの運動のなかで理論化された芸術的手法のことで、異化を意味します。

そんな本シリーズでは、新聞の記号以外の全てを鉛筆で真っ黒に塗りつぶして、新聞が持つ意外な質感を浮き彫りにしたり、軍手の滑り止めを円形に再配置することで軍手の新しい姿を発見させてくれます。普段見慣れているはずだったものの見慣れない姿は、見ている私たちの感覚を研ぎ澄ませていくようです。

───まず、この作品について教えてください

日常生活は、同じ行為や風景の反復によって成り立っています。

一方で、その反復ゆえに身の回りにある物や出来事は次第に意識されなくなり、驚きや感動は自動的に処理されています。そうした日常に埋もれた物や行為の中に、まだ発見されていない多様な価値や驚きが眠っていると考え、この作品を制作しました。

軍手の黄色い滑り止め部分を切り出した作品

普段生活していて気になってたり、なんとなく好きだなと思っていたアイテムをあらゆる手をつくして観察していて、濡らしたり、炙ったり、切り刻んだりしていました。その中でモチーフと行為とがカチッと噛み合う瞬間を発見したことをきっかけにこの制作を始めました。

新聞紙、ノート類、軍手の3つのモチーフを対象に、クラフト的なアプローチでそれらのまだ見ぬ姿を探っています。

反復性のある動きを選ぶことが多く、反復してできるようなルールを作ったりもします。基本的にはモチーフ内部の要素で完結するようにしていて、接着剤や装飾的要素を使わないようにしています。

飲食店の注文票の枠を切り出して折った作品

───この作品の魅力とこだわった部分を教えてください。

この作品は普段の生活で何気なく使っているものたちの別の姿です。

モチーフ内部の構造は守りつつ、見方を変えるだけでこんなにも不思議な結果が現れるんだという驚きがあります。

多元的な視点を持つことで世界はこんなにもおもしろいんだという気づきがありました。

その上でモチーフ選びにはすごくこだわりを持ちました。各メーカーから出ている同じような製品を買ってきては、どれがいちばんしっくりくるかを試しました。作業の時間はむしろ楽で、ひたすら身体を動かすだけなのですが、最適なモチーフを決定する段階で大きなハードルを感じました。
見てくださる方にはぜひ、普段見慣れているものの意外な側面を見て純粋に驚きがあればいいなと思います。またどうしてこれをいじくろうと思ったんだろうというところまで想像してみて欲しいです。

1cmの方眼マスの十字の点線に合わせて切る作業を繰り返した作品

───ひらすら試行錯誤した作品はありますか

例えば、軍手の作品だったらどこのメーカーの商品がこの制作において最適なのかを探るために7社以上の異なる軍手を購入し、同一条件下で試した時にいちばんしっくりくるものを選びました。

細く切っていくので、ちぎれない「強度」の項目がいちばん大事で、その基準をクリアしたものを横に並べます。次に「軍手らしい見た目」を基準に、手首の部分に補強のための天竺編みが施されていて、かつ、その色も黄色がいいなと思い絞りこんでいきました。

軍手の黄色い滑り止め部分を途切れないように細かく切った作品

最終的に二択まで絞り込んで、黄色の彩度がより高いほうに軍配が上がり、やっと7分の1が決定します。その後さらに強度を高めるために鍋で湯がいて乾燥機にかけ、繊維を縮めるところまで完了させてやっと土台が整いました。

自分的にも、周りの反応的にも「ウケたぞ!」と思える一定の基準に達するまで試作するようにしています。それをクリアした後も、もっと細かい段階までこだわります。

───このような制作期間はどれくらいかかることが多いですか?

はじめたら意外と早いです。2週間-1ヶ月とかかもしれないです。

卒業制作中のこだわり

新聞に記載してある記号を残し、それ以外を鉛筆で黒く塗りつぶした作品

───制作していて火がついた瞬間はありましたか?

新聞紙の作品です。作業を進めていく中で、エスキースでも描けなかった想像だにしない現象とめぐりあいました。

鉛筆で塗りつぶした作品なのですが、最初に紙面に黒鉛をのせた瞬間に心地よさを感じました。新聞紙に使用されている紙は再生紙特有のざらつきがあり、ハリのないヨレヨレした質感です。それが黒鉛の繊細な粒子をうまいことキャッチして留めておいてくれる。

新聞紙の表面が黒鉛でテラテラと光りはじめて、当初想定していない反応だったので自分でもどうなるのか早く完成系を見てみたいワクワクした気持ちがありました。

新聞に記載してある記号を残し、それ以外を鉛筆で黒く塗りつぶした作品

塗り心地が最高だと思ってこれは永遠にできるなという感触がありました。その時に、すべてのものにはそれに最適な振る舞いやマテリアルがあるんだと気づいて、あの手この手で様々な反応を試すことにしています。

───制作する中で大切にしているところはありますか?

モチーフの内部で完結するようにしています。外部の装飾的要素や接着剤をなるべく使わないようにしています。そうすることでモチーフの構造が純粋に見えてきて、おもしろい変化が得られると思っています。

この制作の果てに自分のコントロール外の結果があらわれますようにと思っています。それがおもしろいものであったり意外なものだといいなと思っています。

そのため、作品に自分らしさが出ないようにしています。私の制作は、表面的な作者のらしさや恣意的な表現が少しでもチラつくと大失敗してしまうので、誰が作っても同じ結果になるようにというのを前提に自我が出てこないようにしています。

───あなたの作風を一言で表すと?

無意味や無駄になるかもしれないです。

制作の原点について教えてください

───このような制作を始めたきっかけは何ですか?

3年次の制作課題で丸シールを使ってオブジェを量産したことです。丸シールの粘着部分だけで支持することを条件としていたので、細かいところに思いもよらない制約が出てくる瞬間がありましたが、それがむしろおもしろい結果につながったと思います。
実生活で使っているものがまったく別の姿で、むしろこっちが正解の使い方だったんじゃないかと思うくらいの説得力を持って目の前に現れると笑えてきます。

3年次の授業で制作した、丸シール同士を接着させた作品

───制作を始めた原点のような体験を教えてください

卒業制作展の時、高校時代の同級生が見にきてくれて私の制作物を見て「高校の時と変わらないね」と話してくれたエピソードがそうかもしれません。そういえば授業中にその子とふたりでスティックのりをリップクリームのように唇にぬったことがありました。上唇と下唇をくっつけて、笑いたいんだけど、唇がくっついててうまく笑えないね、おもしろいねと話したことを思い出しました。こんなのが原点でいいのかよという感じですが、「変わらないね」と言われた時にそうなんだと思いました。

普段の制作について

───制作する中で、参考にしているものはありますか?

バイト先の学童の子ども達です。彼らはふとした瞬間におもちゃとか折り紙をびっくりするくらい変な使いかたをしていることがあります。謎のルールを作って新たな遊びを生み出したりする姿を見るうちに私もやってみたくなってしまうんです。

ある時、おもちゃの棚にボロボロになったパズルが置いてありました。台紙がめくれ、エッジが柔らかくなったピースを観察すると、何重もの層になっていることに気づきます。ふと、いったい1つのパズルから、何枚分の面が取れるのだろうと思って試してみました。

11枚でした。

実際に半年かけてパズルを1枚1枚剥がして並べたので知ってます。パズルは1箱で11回分遊べるのです。実は。

そんな疑問や気づきの種のようなものが子どもの周辺にはたくさん落ちていると思います。

───作品に無意識に入ってしまう癖やモチーフはありますか?

自分の身の回りにあるモチーフを選んでいるので、無意識に自分のその時の生活環境が影響していると思います。例えば、ノートの作品の中のモチーフのいくつかは、近所のリサイクルセンターで買ったものです。もう廃盤になっている領収書の用紙もあったりして、自分がここに住んでいないと成立していないよなと思います。

最近は、近所のホームセンターに用もないのに通いまくっています。

誰が使うんだよというミニな車輪を買ったら、手持ちの消しゴムにジョイントの面がジャストフィットしたのでくっつけて一輪消しゴムなるものを作ってみました。非常に使い辛いですが、直線上に消す時には安定して使えます。

日常生活について

───休日の過ごし方を教えてください

銭湯に行くのが好きです。私もそうですが、常連の方は皆さん銭湯グッズをたくさんカゴに入れて入念にマッサージをしたり、体を洗ったりしていて、各々に決まったルーティーンがあるようです。儀式のようなもので、私も毎度真剣に取り組んでいますが、銭湯はそんなルーティーンをこなすための場なのかもしれません。

方眼紙の最小単位である1mmの線で切った作品

───最近、刺さった作品はありますか?

新美南吉の「一年生たちとひよめ」です。青空文庫ですぐ読めます。

ちょっと笑える作品が好きかもしれません。そこに生活の片鱗があって、普遍的なおもしろさとかに焦点を当てている作品だと思います。

───影響を受けた作家はいますか?

倉俣史郎さんです。

───趣味やすきなことはありますか?

音楽を聞くことです。

昔からアイスランドの音楽シーンが好きでよく聴いています。実験的なエレクトロニカサウンドがおもしろくて、メロディーが哀愁に溢れているんですよね。日本人にも受け入れられるジャンルなんじゃないかと思っています。

───生活などの個人的なことは作品づくりに影響しますか?

服をいじくるのがちょっと楽しいです。

最近、靴下のくるぶしの部分にミサンガを縫い付けた「ミサンガ付き靴下/靴下付きミサンガ」を作りました。靴下かミサンガどちらをメインに据えるかは当事者が決めて良いのですが、ミサンガをメインにする場合、ミサンガが切れるまで靴下を脱いではいけないので大変ですよね。その代わり願いが叶います。

靴下をメインにする場合、ミサンガは都度つけ外ししないといけないので願いが叶うことはありません。

───最後に壁にぶつかった時どうしているか教えてください

今、自分が幸せかどうかを問います。

この問いを友達に投げかけたら、幸せはリアルタイムで体感できるものではなく、過去を振り返ることでしか気づくことの出来ないものだと言われました。

過去の幸せだと思う出来事を参照してそれらを基準に現在がどうなのかを問うことはできるかもしれないが、絶対的な幸せを得るためにはどうすればいいのだろうね、という話をしました。

とにかく、この制作の時間が振り返って幸せだったと思えるように、そのために幸せについて考えていました。

制作における辛い時間を即時的に解決する方法ではないかもしれないけど、長い目で見た時に幸せについて考えた時間が自分を救ってくれるんじゃないかと思っています。

インタビュー対象者

内野 紗葉

内野 紗葉

福岡県福岡市出身 武蔵野美術大学 基礎デザイン学科卒業

IG

記事執筆者

Akiko Oshima

Akiko Oshima

Interviewer / Designer

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